セカイの果ての物語。

 医師 『僕たちは世界を変えることができない。』   スーダン→ラオス→カンボジア→地域医療→長崎熱帯医学→離島医療→カンボジア病院建設

【スーダン国際医療⑥】 ワシはね、ドキドキしていたいんよ。

 

未だに西部のダルフール地方では戦闘が勃発しているスーダンの首都ハルツームにあるNPOロシナンテスの事務所で

 

「葉田さん、ご飯ですよ~!」

と川原さんの息子である健太郎くんの声で起きる。

 

夜中でも30度を超える気温も、なんとか慣れてきた。

 

今日は、事務所で味噌汁と、白いご飯を食べた。ウマすぎて、泣けた。

朝ごはん、一生これでもいいと思った。

 

丸二日間、シャワーと浴びてなかったので、事務所内にあるシャワーを浴びに向かう。

 

 川原先生の息子と、その悪い先輩である銅治くんが(NPO法人Dooooooo代表)、僕のシャワーを見にきて

 

僕の裸をみて、あーだこーだ、言っている。

馬鹿だなーと思う。でも、そんな馬鹿な人が、僕は好きだ。

 

そんな、クソどうでも良い話は、おいといて、スーダンハルツームを観光しようとの事で、街にでかける。

 

 

 

外にでて、乗り合いバスに乗り込む。

 

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基本的に、スーダンでは、隠し撮りに近い。普通に撮影する分は問題ないだけれど、カメラをぶらさげていると、公共機関を撮っただろ、スパイだろと、容疑をかけられて警察にリアルに捕まってしまう。

 

 

30分ほどして、ショッピングセンターに着いた。

人は少ないけれど、近代的なゲームセンターもある。

一階のスーパーで、どんなものが売っているからみると、ほとんど日本と変わらなかった。

せっかく来たなら、フードコートでご飯を食べようという事になった。

 20分ほどして、でできたピザは、なかなか、ミゼラブル、センセーショナル、アメージングだった。生地はゴムの様に固く、これはチーズなんだろうかと思うほど、味がしなかった。

露店でみんなで囲んで食べたカレーの方が、そりゃ清潔じゃないけれど100倍、美味しかった。なんだか、懐かしくなった。

 

 

衝撃的なピザを食べた後、タクシーを停めて、ナイル川に見に行く事になった。

 

スーダンはアフリカ大陸北東部にあり、エジプトの南にある。エチオピアビクトリア湖から流れるナイル川の分枝が、首都のハルツームで合流し、それを眼下に見る事ができるのだそうだ。

このナイル川のおかげで、肥沃な土地となり、スーダン古代文明が栄えたと言われる。

スーダンに古代遺跡を見に来られる観光客も時々いる様だ。

 

 

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「着いたよ。」

 

 

タクシーのいかつい運転手が、ナイル川の合流地点に案内してくれたはずなのだが

 

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「・・・・・・・・」

 

 

砂嵐で何も見えない・・・・

 

・・・・

 

 

飛行機の時間もせまっていたので、泣く泣く事務所に帰る事になった。

 

 

到着して、川原さんに出迎えてもらう。

 

「川原さん、ナイル川は、砂嵐で全然見えなかったです。」

 

「残念だったね。そして、多分、飛行機も飛ばないと、思うよ。砂嵐で。とりあえず、空港まで行ってみよう」

 

飛行機が飛ばない・・・砂嵐で・・・・・

 

一応、帰国する準備をして、ロシナンテスの事務所から空港まで向かう

 

 

確かに、車内から見ても、前方数十mでさえ、全く見えない。車の運転も危ない。

確かに、こんな視界で、エイや!と離陸される方が困る。

 

 

 

 

空港に向かうと、案の定、空港中に入れない乗客でごった返していた。

 

空港の職員に聞いても、そっけなく何時間遅延するかも、フライトがキャンセルになるかさえも、教えてくれない。

JALANAで、世界最高のサービスに慣れすぎているのも、逆に問題かもしれない。

 

 

ヨーロッパ人が、空港スタッフに「今日、仕事で帰らなきゃいけないんだ!」と訴えても

アッサラーム・アライクム(心の中に平穏を)」の一言で、たしなめられてしまう。」

 

なんとか、8時間遅れで、健太郎くんやその先輩である銅治くんは乗る事ができたけど、僕は乗る事ができず、その日搭乗はできなかった。 

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どうしようもないので、心の中の平穏を保ちつつ、川原さんと、二人きりで事務所に帰る事になった。

 

 

 事務所に帰る車の中で、世間話をはじめた。

 

「川原さんは、いつも笑顔で、活動的ですごいと思うんですか、何か悩みはあるんですか?」

 

今聞いたら、ちょっと失礼な質問かもしれないけれど、川原さんはそんな僕に、優しく答えてくれた。

 

「葉田くん、やばいんだよ。色々、悩みがあって。」

予想外の答えだった。 

「な、何がやばいんですか?こうやって、実際に実績をだして、僕をはじめとして色々な人の憧れになっている。十分すごいじゃないですか」

 

「そうなんだけど、色々と、ガッーっとやってきたら、財政がやばいんだよ」

 

 

「まじですか?」

 

「マジ、マジ。」

と半分笑っている様な、半分真剣な様な顔で答えてくれた。

 

たしかに、当時のNPOロシナンテスは、二期連続の、赤字だった。 2014年は、支出が15500万円、収入は、13000万円で、3000万近い赤字となっていた。

 

 

 

「先生、解決策はあるんですか?」

 

「いまの、ところない!やばいんだよ。」

 

「とかいって、本当は何か、あるんじゃないですか?」

 

「いや、本当にないんだよ!」

 

「マジですか?」

 

「マジです。」

 

「・・・・・・・・・・」

 

 

全く解決策もなく、やばいんだよと、言う人をはじめてみた。

 

 

でも、きっと川原さんは、こうやって進んできたのかもしれない。目の前の人に何かできないかと思い、リスクを取り、行動し、躓きながら、誰の心を打ちながら、誰かの力を借りながら、誰かのために、進んできたんだろうと思った。

 

 

昔、僕はこんな、「馬鹿」な人になりたかった。

 

自分の保身も、キャリアも、収入も考えず、ただ、目の前に亡くなっていく人がいるから、その人を救いたいと、自分を投げ捨て、後先も考えず、アンパンマンの様に、まっすぐな人になりたかった。

 

 

でも、社会人になると、段々と自分の保身を考える様になった。

段々と「利口」になった。

段々と、自分の行動に対する、「結果」を予想する様になった。

 

 

 

学生時代に、「カンボジアに小学校が150万円で建ちます。」というパンフレットを見て、ワクワクして、仲間を集めて、ただ人の笑顔が見たいと、あの時は進んだ。

 

小学校の維持費にしよう、カンボジアの事を伝えようと、120万円ローンで借りて「僕たちは世界を変えることができない。」を自費出版して、みんなで本屋さんをまわって、本を置いてくださいと何百回と頭を下げた。

 

カンボジアHIV病棟で、当時25歳で同じ、患者さんが亡くなったのを見て、何かでいないかと、ドキュメンタリーを作って、本を書いた。

 

「馬鹿」だった。

世間知らずだった。

 

 

「馬鹿」だったから、きっと恥ずべき歴史だ。

 

でも、その「馬鹿だなー」と不憫に思ったたくさんの人が、手伝ってくれて、その人たちのおかげて、できた事がたくさんあるし、ほぼすべてかもしれない。

 

 

 

「馬鹿」だったから、良かったのかもしれない

 

 

そんな事を車内で考えた後、

 

「でも、先生、赤字になって、色々悩んで、年収や身の安全や、色々なものを、削って、どうして、こんなに活動を続けられるんですか?」

 

 

川原さんは、少しだけ、回答に時間をとった。

車を運転しながら、答えてくれた。

「葉田くん、ワシはね、ドキドキしていたいんよ。こうやって、活動して色々な人の笑顔を見る事が、一番ワシのドキドキする事なんよ。」

 

 

国際協力をする時、なんで活動しているんですか?とよく聞かれる。

答えとして、きっと、いくらでもロジカルに言える。世界では、~万人の子供たちがなくなっている、~万人の妊産婦がなくなっているからだと。

確かに、それも一理あるだろう。でも、その理由だけで、身をけずって、行動を続けられる人は、ごくわずかだ。

 

 

 

先生の返答にどうしようか、考えていると、ロシナンテスの事務所に着いた。

 

 

砂嵐で搭乗できなかったけれど、なんだか、後悔はなくなっていた。

 

 

 

なんとか、次の日には、砂嵐がおさまり、搭乗する事ができた。

 

帰りの空港まで、また川原さんに送って頂いた。

 

 

 

 

 

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スーダンから、ドバイに向かう飛行機の中で、川原さんに言われた一言を考えていた。

 

 

「葉田くん、ワシはね、ドキドキしていたいんよ。こうやって、活動して色々な人の笑顔を見る事のが、一番ワシのドキドキする事なんよ。」

 

僕の、ドキドキする事は何だろう?

 

 

 

海外の大学院にいって、国連や行政機関でキャリアを歩んでいく事じゃなく、こうやって現場で人の笑顔を見る事の様な気がした。

 

 

 

 

 

自分のやりたい事が、分からない時がある。

 

 

 

歩き出しても、迷ってしまって、すぐに疲れてしまって

 

 

「もう歩けない。」と思う事がある。

 

 

 

いっその事・・・と思う時もある。

 

 

 

 

 

 

そんな時に、航海での北極星の様に、目指すべき人がいる。

 

 

 

 

きっと、その目指すべき人には、なれない。

 

 

目指した人の様に、すごい人になれないかもしれない。

 

 

考え方や行動も同じにはならない。

 

 

 

 

でも、やりたい事の方向性は、きっと合っている。

 

あの人がこうするなら、自分はこうしようと考える事ができる。

 

一つの基準になる。

 

 

 

どこに、向かうべきか、羅針盤になる。

 

 

 

迷う時は、聞いて見る。

 

弱い心に流されていきそうな時は

聞いてみる。

 

 

 

「あの人なら、どうするだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川原先生、このブログをご覧になっているか、全然分からないですけど、あの時は大変お世話になりました。

 

 

僕は、先生の様にすごくは、なれないですが、僕らしく、謙虚に、誰かのために生きていければいいとなと今は思っております。

 

 

そして、スーダンで大切な事を、思い出させてくれて、本当にありがとうございました。

 

 

 

 

自分の保身のためだけに生きるのはやめよう。

臨床医として、人間として、何ができるか、昔の夢だった現場に挑戦してみよう。

 

そんな事を、スーダンの帰りの飛行機で誓っていた。

 

 

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スーダンで学んだ事 まとめ】

・テロや紛争のイメージはあるけど、首都のハルツームは比較的安全。

 

・首都には美味しいアイスクリーム屋さんもある。

 

・世界でみると、5歳未満の死者数は下がっているが、2015 年には、未だに推定590 万人の子どもたちの大半が、肺炎・下痢・マラリア等の容易にかつ安価で予防・治療できる疾病で5 歳になる前に命を失っている。

 

・川への水汲み、薪拾いは、女の子仕事。川への往復で4時間、薪拾いで2時間。

学校に行けないケースがある。清潔な水へのアクセスがあれば、女子が教育を受けられる確率が高くなる。

 

・女の子が初等教育をうけると、将来その子供が5年間生き延びられる確率は40%以上も上がると言われる。

 

・世界で、出産した赤ちゃんの内、100万人が、その当日に亡くなる。

 

・Lancet誌によれば、教育を受けた助産師の介助のもと、適切な処置を施せば、40%ほどの赤ちゃんの命を救えると言われている。

 

国連が発表した2013年時点の世界で妊産婦死亡数はおよそ28万人もいる。

 

・妊産婦を乗せたジャンボジェット機が、毎日2機墜落している計算になる。

 

 

スーダンで、食べる味噌汁とごはんは、格別。

 

・幸せのコツは、人と比べるんじゃなく、自分が決める事。