セカイの果ての物語。

 医師 『僕たちは世界を変えることができない。』   スーダン→ラオス→カンボジア→地域医療→長崎熱帯医学→離島医療→カンボジア病院建設

【スーダン国際医療②】 人と比べる幸せはやめたんよ。

スーダンに行く事になった。

 

行くといったが、そもそもどこ??である。

 

かろうじて、アフリカという事はわかる。

 

というか、アフリカの国の正確の位置なんて、僕はエジプトと、南アフリカと、エチオピアシエラレオネの4つぐらいしか分からない。地理もっと、勉強しとけばよかった。先生はきっと教えてくれたはずなのに。申し訳ない。

 

 

当時は、エボラ出血熱や、イスラム国のニュースがほぼ毎日でていた。

 

恐る恐る外務省のスーダンの治安情報をみてみると、南スーダンの国境付近は別にして、首都のハルツームは、4つある危険度のうち、一番低いレベル1の「渡航に注意してください。」だった。それほど危険ではなさそうだった。

 

とりあえず、死ぬのはまずい。

 

何より、まず自分が死にたくない。そして、自分が死ぬと、家族やスーダンや、川原先生や、日本国にまで迷惑がかかる。

 

それだけは、避けたい。

 

川原先生に色々聞いたりして、エボラ出血熱の発生状況を確認してから、スーダンに向かった。

 

ビザを取得するのにも、推薦者がいるらしく、事前に東京で取得してから、スーダンに向かった。

 

スーダンには、ドバイ経由で入る。

 

ドバイで川原先生に合流して、ハルツーム空港に入る。

 

 

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入国審査でカメラをぶら下げて待っていると

「葉田くん、カメラはバックにしまって置いた方がいい。」

 と川原先生から、笑いながら注意される。

 

「な、何ですか?」

 

スーダンは、NPOのスパイがいるんじゃないかって思っている。空港や政府の施設をバシャバシャとっているとカメラは没収される」

 

海外旅行に何度かいったことがあるが、自由にカメラを撮っちゃいけない国に、はじめてきた。遠い昔でなく数年前まで紛争があった国に来たのだ。

 

入国に少し時間がかかった後、スーダンハルツーム空港に降りる。

 

はじめてのアフリカだ。人類発症の地である。

 

感慨深く、一歩目を考えていると、みんなはもうスタスタと前を歩いていた。

 

今回は、御子息の健太郎くんと、NPOをやっているドウジくんと、小説家志望の片桐くんの4人で訪れさせてもらっていた。

 

 

車に乗り込み、NPOロシナンテスの事務所まで向かう。車内から、スーダンの首都ハルツーム町並みを眺める。

ATMもある、ショッピングモールもある、大きな病院もある。

 

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発展途上国といっても、首都は栄えている国がほとんどである。

一方、地方にでは、水道も電気も整備されていない。

 

貧困とは、国全体が貧しいということでなく、貧富の差が非常に拡大している事をいうのだろう。

 

 

 

 

はじめて眺めるアフリカの景色に興奮しつつ、30分ほどで、リヤドという比較的に裕福な地域にあるNPOロシナンテスの事務所に着く。

 

NPOのスタッフの方に、ご挨拶し、日本から持ってきたというソーメンをみんなで頂く。

気温が常時30度を超えるスーダンでは、ソーメンが日本で食べるより10倍はおいしい。

 

ソーメンの後、ミィーティングが開かれた。

 

NPOロシナンテスが、行っている母子保健事業、教育事業、スポーツ事業について、話し合いが進められていく。

 

1時間ほどミィーティングが行われた後、みんなでお茶を飲みに行く事になった。

 

 

露店に、コーヒー、紅茶、カルカデと呼ばれるハイビスカステが売っているので、それを頼み、道端に腰掛け、みんなで、お茶を飲む。

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事務所に徒歩で帰っている時に、聞きたかった事を聞いてみた。

 

「川原先生、ちょっと聞いてもいいですか?」

 

「葉田くん、先生というのは、もうやめよう。川原さんって呼んでくれ。」

 

変な習慣だと思うのだが、病院の外でも内でも、大体お医者さんには先生をつけて呼ぶ。川原先生はお医者さんとして僕の大先輩にあたるから、川原さんと呼ぶ事は、あまりない。

この時の僕には、なぜ、「川原さん」と呼ばせたのか理由が分からなかった。

 

「川原先生・・・じゃなく川原さん、なんでこういう活動をされているんですか?」

 

川原先生は間髪いれずに答えてくれた。

「楽しいから。スーダンや日本の方の笑顔をみると、楽しいからやってるんだよ。」

 

その一瞬で返したストレートな答えに、なんだか驚いた。

 

「川原さんは、医務官の年収1000万円を捨てて、無給で活動されて、お金の心配とかはなかったんですか?僕なら、同期でたくさん稼いでいる人をみれば、正直なところ羨ましく思えたりする自分がいるかもしれません。」

 

格好悪い質問だなと思った。でも、憧れの人に答えを聞いてみたかった。

 

川原先生は、また間髪いれずに、こたえてくれた。

「うーん。人と比べる幸せは、やめたんよ。」

 

 

「はい。」

アフリカのスーダンを歩きながら、先生の次の言葉に、集中した。

 

 

「たしかに、友たちにはたくさん稼いでいる人もいる。教授になった人もいる。お金は大事だけれど、ある程度稼げばそれ以上稼いでも、衣食住を満たせば、幸せには比例しない。今はこうやって、活動しているのが、ワシの幸せなんよ。自分の幸せと、他人の幸せを比較しても仕方ない。だた、スーダンや日本の人の笑顔をみられて、それにやりがいを感じて、ここまでやってきたんだよ。」

 

その答えを聞いて、次の質問がでてこなくなった。

人が、本当に事を語ってくれるかどうかは、声のトーンであったり、表情であったり、何となく分かると思うんだ。僕の目をみて、笑顔で答えてくれた川原先生の言葉は、本当の様に思えた。

 

 

 

 

 f:id:kotahada:20170625210937j:plainその後、20分ほどみんなと会話しながら、事務所に帰った。

車やバイクが行き交い、歩きながら携帯で話している方がいたり、普通に会話を楽しんでいる方をみると、ここに来るまで勝手に抱いていたテロや紛争や、イメージとは、かけ離れているなと思った。

 

 

 

 

部屋に入り、汗を拭き、新しいTシャツに着替えた後、みんなで近所のレストランに行った。

 

 

イスラム教を信仰されている方が多いので、お酒はなく、コーラを飲んだ。元々、お酒が弱い僕にはちょうど良かった。

 

ご飯を食べていると、レストランのお客さんや、通行人が一斉に、一方向を向いて、お祈りをしはじめた。

イスラム教では、1日に5回メッカの方を向いて、祈る。その一回の様だった。

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夜でも熱い気温とコーラで何だから酔っ払った様な気分になった後、事務所にもどった。

 

疲れていたので、シャワーを浴びずに、ベットに飛び込んだ。

 

 

「人と比べる幸せはやめたんよ。」

 

今日、川原さんに教えてもらった事を思い出していた。

 

たぶん、幸せは主体的なものだ。

 

その自分の決めた幸せに向かって、シンプルに自分の人生を生きていけたら、本当はどれだけいいだろう

  

本当は、どれだけ幸せだろう。

 

 

そんな事を考えながら、眠りについた。。

 

 

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