セカイの果ての物語。

 医師 『僕たちは世界を変えることができない。』   スーダン→ラオス→カンボジア→地域医療→長崎熱帯医学→離島医療→カンボジア病院建設

【スーダン国際医療①】 夢のかけら。

小さい頃、国境なき医師団に憧れた。
 
 
幼稚園の時に、おいしゃさんになりたい。と短冊に書いた。
 
中高の卒業文集でも、お医者さんになりたいと書いた。
 
 
 
学生時代に色々な出会いがあった。
 
 
 
 
 
 
でも、僕は社会人になって将来に迷った。
 
 
 
現地で活動する場合、テロや紛争で亡くなることがあること、薄給なこと、キャリアのこと。
 

医師が、国際協力する場合は、基本的に
 

現場で働くか。 
 

行政機関で働くかの二つしかない

 
キャリアや収入の事を考えて、僕は行政機関にいこうと、臨床医をやめて、海外の大学院に行こうと渡航の準備をしていた。 
 
 
 

 

 

渡航の準備をしているそんな時に、熊本大学の講演会で、スーダンで活動している医師の川原先生と出会った。

 

川原先生は、外科医として臨床を積んだ後、医務官としてスーダンに赴任され、スーダンの現状に触れスーダンの人のために何かしたいと、安定した職業であった医務官を退職して、NPOロシナンテスをはじめた。

 

講演会では、熊本大学の講堂のスクリーンには、川原先生のこれまでの活動がうつしだされていた。

 

プロジェクターには、スーダンの巡回診療の様子、井戸建設、学校建設事業、スポーツ事業、スーダンの方の笑顔をうつしだされていた。

 

それは、僕が小さい頃に、憧れていた光景に、とても似ていた。

そして何より、50歳近くにもなる川原先生がとても、楽しそうに見えた。

自分の「夢」を楽しそうに語っていた。

 

良いか悪いか、社会人になれば、大事な事は変わっていく。

 

でも、小さい頃、自分は何に、憧れていただろう?

小さい頃、「夢」は何だっただろう?

学生時代、何が一番楽しくて、笑っただろう?

 

その答えがありそうで、講演会の後、川原先生に話かけた。

数分話をした後、川原先生が、僕に言ってくれた。

「葉田くん(僕の名前)、スーダン来てみる?」

今、思えばこの一言で、僕の人生は変わっていった。

 

将来に迷っている時に、導いてくれた「光」の様な存在だった。

 

 

 

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スーダン基本データ

 

正式名称 スーダン共和国(The Republic of the Sudan)

 

面積 250万6000km2 (日本の約7倍 アフリカ大陸最大)

言語 アラビア語 英語

元首 オマル・ハサン・アフマド・アル・バシール

日本との時差:-6時間

 

一人当たりの国民総所得 

平均寿命 58歳

識字率  61.1%

乳児死亡率  109人/1000人

妊婦死亡率 450/出生10万人あり

引用 もうひとつのスーダン

www.amazon.co.jp

 

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