僕たちは世界を変える事ができない2

スーダン→カンボジア→地域医療→長崎熱帯医学→離島医療→カンボジア病院建設。

スーダン③ 戦争の後で、あなたは笑う。  2015年3月9日

あつい、暑い、熱い。

 

 

これは、ぼくの30年近くの人生の中で、経験してきた朝の温度ではない。

 

スーダンでは、昼間太陽に照りつけられた家の壁が熱を蓄えてしまので、明け方になっても室内は軽く30度を超えてしまうらしい。

 

もはや、外で寝た方が、涼しくて風もあって気持ちいい。

よく考えたら、日本だって、昔はクーラーはなかったはずだ。修行が足りないみたいだ。

 

汗だくのまま、一階に降りて、みんなにアサッラームアライクム(心の中に平穏を)と覚えたので変な発音で、挨拶をした後に、みんなで、朝ごはん食べにいったに露店に出かける事になった。

 

露天で、紅茶と、揚げパンに砂糖をまぶした朝ご飯を食べた。コーヒーが飲めない甘党の僕は、とてもおいしい。

 

途上国でも、NCDとよばれる高血圧や糖尿病といった生活習慣病が問題になっているが、目の前においしい物があれば、やっぱり僕だって食べる。

 

朝食を食べた後、いよいよ、今日は、川原先生が、医療支援をしていた、村に行くことになっている。

 

乗車、メンバーは、川原先生と、ご子息の健太郎くんと、その先輩であるドウジくん、小説家志望の片桐くん、ロシナンテスの事業の一環で日本の高校に留学していたフセイン君と、ロシナンテスのスタッフの方と、なかなかみんなの共通点が見いだせないけれど、それぞれキャラの濃いメンバーで向かっていた。

 

 

1時間ほどで、首都であるハルツームをでると、やはり景色は一変する。

近代的な建物は何もなく、見渡す限り、砂漠が広がっている。

 

 

 

景色を眺めていると、ふと車がとまる。

スーダンは、異なる州に移動する場合は、移動許可証を事前に申請し、それらを関所ごとに見せないといけないらしかった。

 

その申請書を、関所の職員に見せた後、許可があり、通過する事ができた。

 

 

3時間後ほどすると、また違う州をまたぐ事になり、また別の関所でとまる。

ところが、30分ほどしても、一向に車が発車する気配がない。

今回は、18歳のフセインくんが、関所の職員となにやら、交渉している。

 

スーダンでは、外国人のNPO関係者はスパイとみなされる場合もあり、疑われたみたいだった。

 

もしかして行けないのかも・・・と落胆していると。

 

川原先生が、一言。

 

「メシ食おう!!」

「俺は、スーダンで15年住んでるから、分かる。こういう時には、焦っても仕方ない」

 

豪快である。

 

道端のレストランで、お昼ご飯をたべていると。

フセイン君が

「許可がおりました!」と伝えにきてくれた。

 

「・・・・・・」

結局のところ、なんで、止めらたのかも、なんで許可が下りたのかも、よく分からなかった。

 

 

そこから3時間続けて、ぶっとばす。

 

突然、車の中でふと思う。自分は、何をやってるんだと思う。

 

 

あの時、この経験に意味があるなら早く教えて欲しかった。

 

色々考えるけれど、きっと、不安を解消する唯一の方法は、やっぱり行動を続ける事なのかもしれない。

 

 

 

 

合計7時間、デコボコの道を車を走らせると、スーダンの東部にあるガダーレフ州のシェリフ・ハサバッラ村についた。

 

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人口は、およそ、3000人。元々遊牧民であった部族が、30-40年前に、この地に定着し、ヤギ、ヒツジ、ラクダの牧畜と、雨季には換金作物のゴム等をつくっていたそうだった。 2007年2月、医療従事者がいなかったこの村で、州知事の要請を受けて、川原さんはこの村に寝泊りをして、一人で診療しながら、支援を開始した。

当時にも、井戸はあったそうだが、パイプや貯水タンクの積年の汚れで、水質が、悪く、故障する事もしばしばあり、川から直接、水をのむ村人が多かったそうだ。

川の水を利用する事によって、慢性の下痢症、感染症が引き起こされていた。

 

 

 

 

 

 

そこで、ロシナンテスは、井戸の支援を開始した。この時に、全部がこちらがタダで与えると依存型の支援になってしまうため、管理委員会をつくり、修理費などの徴収も住民主体で、建設をスタートした。

 

 

世界でみると、子供の全体の死者数は下がっているが、2015 年には、未だに推定590 万人の子どもたちの大半が、肺炎・下痢・マラリア等の容易にかつ安価で予防・治療できる疾病で5 歳になる前に命を失っている。

世界児童白書2016年

 

 

 

 

きれいな水は、どんな医療にも勝るみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、川から水をくんでくるのは、基本的には女の子の仕事である、その組んだ水を煮沸したり料理に使うため薪を集める学校に行くことができなくなる。

井戸をつくる事により、女の子が、教育を受けられる可能性が高くなる。

女の子が初等教育をうけると、将来その子供が5年間生き延びられる確率は40%以上も上がると言われる。

 

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綺麗な水は、健康問題も、教育問題の解決にもつながる。

 

 

 

支援を開始して、数年後もこうやって、住民主体で管理されているのは、やっぱり素晴らしい事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

また教育事業として、学校も設立した。

教育を受けることにより、所得の増加、貧困の減少、健康状態の改善につなが

る。

 

 

教育を受ければ、仕事を得やすくなる。 教育を受けることにより、子どもの栄養バランスや、病気を防ぐためのワクチンの摂取などに 意識が高くなる可能性もある。

 

 

 

質の高い教育には、世代を超えて繰り返される不公平性のサイクルを断ち切り、子どもたちの生活と彼らを取り巻く社会を改善する力がある。

 

 

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村を見学させて頂いていると、子供たちが集まってきて、もみくちゃにされた。

 

 

 

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僕は、多分、イスラム教の人たちを知らなかったんだと、思う。

 

 

 知らなかったから、多分、怖かったんだと思う。

 

 

同じものを食べて、同じ様に笑って、段々とそのイメージは少なくなっていた。、

 

 

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その後、村の近くを流れるナイル川をみにいった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、村長の家で、普段は食べられないという羊の肉を出してもらった。なんだが、悪い気持ちになりながら、食べた。

 

食事の後、室内は暑いからとの事で、みんなのベットで外に運んで、文字通り外で寝ることになった。

 

 

 

 

 

 

みんなと、今日見た事を話しながら、やがて空は暗くなっていった。

 

街灯がなく、何も見えない暗闇が広がっていった。 

 

上を向くと、人工的な光が一つもなく、ダイヤモンドを全体に散りばめた様な星空が広がっていた。

 

 

気持ちいい風に揺られながら、段々と外で、眠りに落ちていった。 

 

 「どういうキャリアを歩もう?」

 

そんな事の前に

 

 

僕は、昔自分のやりたい事で、こうやって誰かに笑って欲しくて、今の仕事を選んだんじゃないだろうか。

 

後の事は、本当はどーだってよかったし、今も本当はどーでも良いんじゃないだろうか。

 

 

何になりたいか、どうやって見られたいかじゃなく

 

 

 

自分が、何をやりたいか。

 

 

 

それさえ分かっていれば、僕は本当は幸せなんじゃないだろうか

 

 

 

誰のせいじゃなく、自分が選んでいるはずなのに。

 

 

スーダンの星空の下で、ベットに横になりながら、段々と眠りに落ちていった。

 

 

日本にいた時に抱えていた漠然とした、夜突然襲ってくる、不安は段々と少なくなっていた。

 

 

こんな日々を日常にできれば、いいのになぁと思った。

 

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